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ハニーJ

Author:ハニーJ
ビター(ボーダーコリー♂)は13歳の誕生日に虹の橋へと旅立ちました。
映画を映画館で見ることと、走ることが好きです。

2012年5月にカスターが新しく家族になりました。

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菴羅樹日記
映画のことやあれやこれや・・・・
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ビターのこと
********* mixiと同じ内容です。 ************

先月の定期健診でビターは「本当に元気で良かったね。」と院長センセに
言われて皆で喜んでいました。
でも、がん細胞が体の中からなくなったわけではないから油断しないでね
といつも院長センセは口癖のように言っていました。

先週は自分の腰痛に加えて、いろいろと用事が重なっていたので
今思うとビターの事はあまり考えてなかったような気がします。

一昨日の夜、もう寝ようかなあと思って最後のオシッコ出しをさせようとして
ふと前足の白い毛が汚れているのに気づきました。
血液でした。
そういえば数日前から口をいつもクチャクチャしていたのを思い出し
あわてて口の中を見たら愕然としました。
以前のあのメラノーマと全く同じ場所が腫れて出血していました。
頭の中はもう「再発した」ということしかありません。

病院が開く時間を待って電話すると、今日来れますか?ということですが
急なことなのでまた夜遅くの診察になることは必至。
しかも家人が出かけられないので私に運転して東京の世田谷まで行けと。
でも私はこの4年間一度も運転していないし、世田谷の住宅街の道の
狭さは半端じゃなくしかも迷路みたいだし、無駄にデカイうちの車は
角を曲がるのも大変。

どうしようどうしようと悩んで思いついたのが息子のことでした。
日曜日の夜に悪いなと思って相談したら一緒に行ってくれること
になりました。
とりあえずこれで事故ったりする心配はナシ。。。。と。

夜の10時に病院に着いて結局診察室に入ったのは11時少し前。
いつものように丁寧な触診と聴診器の診察のあと院長から出た言葉は
「まだどちら(メラノーマか歯肉炎か)の判断はできない。」
私は完全に「再発ですね。」と言われると思っていたので少しだけ
ホッとしたような複雑な気持ちでした。
出血していた部分はちょうど正露丸くらいの大きさで、周りは盛り
上がっているけど歯肉と同じピンク色です。

すぐに病理検査をしないのですか?
と聞いたら、このくらいの大きさなのに今メスを入れて刺激すると、
もしもガン細胞だった場合にあっという間に大きくなるのでそれはしない、
とはっきり言われました。
それには全身麻酔もかけることになり、できるだけリスクは避けたいとも。

院長が選んだ治療方法は、まずレーザー照射による温熱治療を数回
試みてそれでも全く効果が見られないならば、また放射線治療を
大学病院で行い、その時に麻酔をかけるので病理検査はそのタイミング
で間に合うという説明でした。

この院長センセは治療については飼い主に全てオープンにする
というスタンスなので、今回も「見ますか?」と言われました。
私が躊躇していると、息子は「ぜひ見たいです。」と言ったので
じゃあ私も。

麻酔をしないので暴れまわるビターを3人がかりで押さえて、
「これはYAGレーザーです。」などという説明の後いざ照射開始。
私も息子も初めてレーザー防御サングラスみたいなのをかけました。
ビターは何とか拘束から逃れようともがいて大変ですが、そのたびに
「ビターならできる。もうちょっとだから頑張ろう!」となだめて
いましたが、日本語わからないビターには無理だったみたいです。
時々煙が上がり、肉が焦げる匂いがしたり、こっちもドキドキ。

やっと終わって開放されたビターは呆然とした顔をして頭の毛は
グチャグチャ。
院長センセが頑張ったごほうびにオヤツをあげようとしても、全く
目に入らないくらい怖かったんだよね、ビター。

何年かぶりに息子と二人で出かけていろいろ話をしました。
男の子ってあまり母親と話をしないものだけど、最近は本当に頼りになる
なあと少しウルウルしかかったりしました。
また1週間後にレーザー治療の予定ですが、そのときもまた一緒に行って
くれるそうです。

で、今日は全く出血することなくゴハンも食べられました。
レーザーの痕は茶色になっていますが、周りの歯肉が赤みを帯びて
きているのでまた心配です。

この先どういうことになるのか予想もつかないのですが、できることを
やっていくしかないのですね。

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あの日手を振ってくれて、笑ってくれてありがとう
あの日、大震災の翌日に九州新幹線は開業しました。
本当はこのCMは全国的に流れるはずだったと思います。

それがカンヌで金賞を取りました。
素直にうれしいです。

そしてこれを見るたびになぜか涙が出ます。
それは今でも変わりません。
こんど福岡に帰ったら新幹線で鹿児島まで行こう!


「カンヌ国際広告祭のアウトドア部門にて金賞、メディア部門にて銀賞を受賞した。」
というニュースの記事を読みました。

できれば両方とも見てほしいです。
** mixiと同じ内容です。**
気がつけば更新したのは一ヶ月以上も前でした。


映画「マイ・バック・ページ」を見ました。
http://mbp-movie.com/

原作は川本三郎氏がジャーナリスト時代の自分の経験を書いた
同名のノンフィクションです。

この物語が始まる1969年に私は大学生になりました。
この年の1月に東大安田講堂事件があり、これを機に学生運動・
全共闘運動が次第に下火になって行きましたが、
私が大学に入った頃はキャンパス内にはまだ普通にこの雰囲気が
残っていて、ヘルメット姿の学生や集会がアチコチで開かれていて
まさにこの映画の時間軸は私の大学生にそっくりそのまま当てはまるのです。

あの時代の空気をリアルタイムで感じた一人としては、
何の説明も必要なく、全ての言葉が笑えるほどよく理解できました。
冒頭での編集会議の時に出てきた「〇〇さんはまた三里塚ですよ。」
の一言で、頭の中にはフラッシュバックのように当時の自分がいた
風景が甦りました。

私は積極的に運動に参加したわけではなく、でも無関心ではなく
その中途半端な気持ちがどうしようもない焦燥感になっていたのを覚えています。

映画に話を戻すと、キャスティングがとてもいいです。
主役の二人(妻夫木くんと松山ケンイチくん)はもちろんですが、
その他の人たちがすごくいい。
特に京大全共闘議長役の人。
東大全共闘の長塚圭史さんも良かったけど、アジ演説はもっと声が
枯れてたなあ(大きな声出しすぎで)。

ラストの昔の仲間に偶然会って何気なく投げられた一言に、
妻夫木くんが号泣する前に「こりゃ泣くな」と思ったらビンゴでした。

当時を全く知らない人たちが作った映画なのに、私はまだしばらくは
大学生だった頃を行ったり来たりしております。(笑)

で、映画が終わったらちょうどお昼だったので、久しぶりにみなとみらいを
フラフラと散歩して、どうしても食べたくなった石焼ビビンバに
無事ありつきましたが、三日前に治療した歯の仮蓋の具合が悪くて
底にできたおこげが硬くて片方でしか噛む事ができず、
結局また歯医者に行くはめになりました。



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